2007年06月07日

英字新聞と私

仕事で英語を取り扱っています。不実な美女と貞淑な醜女の間で悩む仕事だと言う人もいます。僕の場合はもっぱら貞淑な醜女が相手です。このままでは美女扱いのために培ってきた腕前が錆びてしまう!このメルマガを始めた理由の一つです。

英語はほぼ独学でマスターしました。いやマスターしただんておこがましい。いまだに聞いたり話したりするのは苦手です。留学経験はありません。大杉正明先生や遠山顕先生のNHKラジオ英語講座(面白かったなあ)やアガサ・クリスティーやエド・マクベインなどのペーパーバック、そして英字新聞・・・そんなものを使って地味に勉強しました。言葉とは何かという哲学的な関心もありました。ソシュールや構造主義が流行っていた時代です。

英語ができたらなあ・・・という漠然とした思いはもっと前からありました。映画やミステリー小説を字幕や翻訳を通さずに味わいたい。誰もが抱く夢です。ところが、行動がまったく伴いませんでした。大学一年のときにはネイティヴの講師が担当する英会話の選択科目も取りました。確か一度しか授業に出ませんでした(汗)。大学時代はサークル活動と遊びに明け暮れてしまいました。

5年かけての卒業後(大汗)、塾講師や結婚式場のビデオ係などをしながら、(夢破れた場合に)手に確かな職の一つもないのは頼りない(確実に路頭に迷う!)、そうだ、やっぱり英語をやろう!と(漠然と)一念発起して、学習教材の一つとして手にしたのが Japan Times でした(本当は Daily Yomiuri の方が好きだったのですが、すぐに売切れてしまったんだよなあ・・・)。

正直な話、通勤電車内で英字新聞を読んでいる己が勇姿がキレイな女の人の目に止まって、恋の花が咲いちゃったりすることがあるかもしれない。そんな助平心もあったでしょう。だって、電車内で東スポを開くよりは断然カッコいい!みたいな。

でも最初の頃は、英字新聞を開く度に眩暈がしたものです。なぜって紙面には英単語ばかりが所狭しと載っているからです。その恐ろしさたるや。大学の受験勉強で得たはずの英語に関する知識はとうに失われています。完全に一からの出直しでした。

当時はパソコンもインターネットもありません。週に一度、駅の売店で英字新聞を買いました。毎日購読するなんて滅相もありませんでした。それでも己に鞭打って、自分の苦手な分野の記事も厭わず、一週間ぐらいかけて、幅広くじっくり読むことを心掛けました。

最初の3ヶ月だったか6ヶ月だったか、ともかく期間を決めて、辞書と首っ引きで取り組みました(その後は強引に乳離れするみたいに辞書離れしました)。世間には、分からない単語があっても辞書は引かず、前後の文脈から見当をつけて読みなさいと言う人がいます。でも、それはある程度のレベルに達した人の場合です。それまでは辞書を引き引き読むしかありません。但し、単語帳の類は作りませんでした。なぜか。面倒臭いからです^^; 単語は文章の中で生きています。意味よりも使われ方のほうが大事です(と言うか、単語の意味とはその使われ方でしょう)。それに、覚えるべき重要な言葉なら何度も出てくるはず。覚えて忘れて、また会ったら覚えて・・・でいいと判断しました。

当節は英字新聞のサイトなどネット上の英文を教材にして学習する人が多いのでしょう。ならばオンライン辞書という手があります。皆さんもお使いのことと思いますが、紙の辞書に比べて格段に手間がかかりません。便利なものです。英語学習一つとっても今昔の感に堪えません。

英字新聞に対して恐れを抱かず(最初は本当に手に取るのも嫌でした)、英語であることを意識せず、そこそこ読めるようになったのは何年ぐらい経ってのことだったか。はっきりした記憶はないのですが、2、3年かかったかもしれません。

英文を正しく、なおかつ早く読むにはどうしたらいいのでしょう。うまい手があるのかどうか。あります。

ただひたすら、コツコツ読むことです

身も蓋もありませんか。でも、それしかないはずです。

よく言われることですが、英語の学習はスポーツなどの技能の習得に似ています。えーと、この単語の意味は・・・、えーと、この不定詞は副詞的用法だから・・・などと、いちいち立ち止まって考えているような次元では、とても「読んでいる」とは言えません。スポーツ選手が無意識に体を動かせるよう何度も反復練習をするように、私たちもひたすら数を、量ををこなして慣れるしかありません。そうやって、英語の感覚や構造を無意識の中へと取り込んでいく、すなわち身に付けるしかないのだと思います。言葉はそのレベルに達しなければ使い物になりません。

概ね愛に包まれて自然に習得する母語に文法は要りません。でも、概ね愛に包まれない、自然に覚えることができない第二言語として英語を学ぶ場合には、英文法を復習(または予習)しておくことをお勧めします。文法とはその言語の論理です。自然の代わりに論理の手を借りるとでも言いましょうか。そもそも、英語と日本語はまったく異なったルールに基づく言語です。その違いを論理的に踏まえることが、英語を英語のまま理解するためのよすがになるはずです。上達の速度もあがるはずです。高校英語の参考書でも構いません。ざっと一通り読んで、英語の大体の形を掴んでください。英字新聞を読んでいて疑問が生じたら、その都度調べればいいでしょう。

もう一つ、リーディングの学習で効果的だと思われるのは、目的に応じて読み方を変えることです。この記事は背景知識もあるのでじっくり一語一句ゆるがせにせず読もう、この記事は要点だけおさえるようにざっと読もう、そんな感じでメリハリをつけます。全然理解できなくてもいいから1分で読んでみよう。そんなゲーム感覚でやってみるのもいいかもしれません。勉強だって面白くなければ続きません。

英字新聞を読んでいて、意味が分からない単語に出食わすなんてことは僕にもしょっちゅうあります。そんなときはどうするか。飛ばします! 分からないものは分かりません。下手の考え休むに似たり、です。英語読みの達人でもある児玉清さん(クイズ番組『アタック25』の司会者)は分からないところにぶつかると、その部分を声に出して適当に読むことで分かったことにするというようなことを言っていました。僕もその方法を実践しています。いちばん大事なのはどんどん読み進んでいくことです。そうして前に進んでいくうちに、ああ、あれはこういう意味だったのかと、簡単に謎が解けることもよくあります。それに、英字新聞などは同じ言葉を繰り返して使うことを嫌います。読んでいて分からなかった単語が、後段で別の単語に置き換えられていることも珍しくありません。記事全体をざっと読んでおぼろげながらでも何が書かれてあるかが理解できれば、もう一度読むときには、分からなかった単語の意味が全体との関連から類推できる場合も多いのです。

どんな分野の技能や知識の習得でもそうでしょうが、英語の学習も右肩上がりに順調に力が付いていくなんてことはありません。僕もそうでしたが、ある日突然、あれ?だいぶ読めるようになったなあ、という自分を発見します。やった〜!と飛び上がります。でも、今度はそのレベルでずっと停滞します。そして勉強を続けるうちに、またあるとき、自分の力がぐっと上がったことが実感できるときが来ます。不思議なものです。実力が付いたと思えるときは、英語の知識や語彙が増えて、それが一つにつながって、脳内でその人なりの英語の回路ができるのかもしれません。諦めずにコツコツと継続していくことが何より大切な所以です。

さて、いかがでしたか。皆さんのお役に立つかどうかは分かりませんが、これが「英字新聞と私」の愛と葛藤の物語です。とにかく、諦めずにコツコツと継続していくこと。肝心なのはそれだけです。たかが言語、日本語も英語も同じ、続けること、それだけです。お互いに頑張りましょう。このメルマガ(ブログ)がそのお役に立てれば幸いです。それでは、僕は英語の勉強を兼ねながらも、その実、英字新聞がきっかけとなるロマンスを求めて、颯爽と電車に乗ってきます!

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