2010年10月04日

『俺たちに明日はない』のアーサー・ペン監督、死去


Arthur Penn, Director of ‘Bonnie and Clyde,’ Dies
( New York Times )

Arthur Penn, the stage, television and motion picture director whose
revolutionary treatment of sex and violence in the 1967 film “Bonnie and Clyde” transformed the American film industry, died on Tuesday night at his home in Manhattan, the day after he turned 88.

Mr. Penn’s direction may have also changed American history. He advised Senator John F. Kennedy during his watershed television debates with
Richard M. Nixon in 1960 (and directed the broadcast of the third
debate). Mr. Penn’s instructions to Kennedy ― to look directly into the camera and keep his responses brief and pithy ― helped give Kennedy an aura of confidence and calm that created a vivid contrast to Nixon, his more experienced but less telegenic Republican rival.

But it was as a film director that Mr. Penn left his mark on American
culture, most indelibly with “Bonnie and Clyde.”

Not only was the film sexually explicit in ways unseen in Hollywood since the imposition of the Production Code in 1934 ― when Bonnie stroked
Clyde’s gun, the symbolism was unmistakable ― it was violent in ways that had never been seen before. Audiences gasped when a comic bank
robbery climaxed with Clyde’s shooting a bank teller in the face, and were stunned when this attractive outlaw couple died in a torrent of bullets, their bodies twitching in slow motion as their clothes turned red with blood.


【 まずは準備運動 】

・pithy (文体・文章など)力強い、きびきびした
・confidence 信用、自信
・calm 穏やかな、落ち着いた(様子)
・imposition 課すること、負わせること(動詞:impose)
・gasp はっと息をのむ、あえぐ
・robbery 泥棒、強盗(rob:奪う)



【 泳ぐときには息継ぎしなくちゃ 】

Arthur Penn, /
アーサー・ペンが /

the stage, television and motion picture director
舞台やテレビや映画の監督

whose revolutionary treatment of sex and violence
セックスやバイオレンスの革命的な扱いは

in the 1967 film “Bonnie and Clyde”
「ボニーとクライド」という1967年の映画においての

transformed the American film industry,
アメリカの映画産業を変形した

died on Tuesday night at his home in Manhattan,
火曜日の夜にマンハッタンの彼の家で死んだ

the day after he turned 88.
彼が88に回った後の日に


Mr. Penn’s direction may have also changed American history.
ペン氏の監督はアメリカの歴史もまた変えたかもしれない

He advised Senator John F. Kennedy
彼は上院議員ジョン・F・ケネディにアドバイスした

during his watershed television debates with Richard M. Nixon
リチャード・M・ニクソンとの彼の分水嶺なテレビ・ディベートの間に

in 1960
1960年においての

(and directed the broadcast of the third debate).
そして3度目のディベートの放送を監督した

Mr. Penn’s instructions to Kennedy ―
ケネディへのペン氏の指示は

to look directly into the camera
カメラの中へとまっすぐに見ること

and keep his responses brief and pithy ―
そして彼の反応を短くきびきびと保つこと

helped give Kennedy an aura of confidence and calm
ケネディに自信と落ち着きのオーラを与えることを助けた

that created a vivid contrast to Nixon,
ニクソンとのビビッドなコントラストを作った

his more experienced but less telegenic Republican rival.
彼のもっと経験のあるしかしより小さくテレビ映りのいい共和党のライバル


But it was as a film director
しかし映画監督としてだった

that Mr. Penn left his mark on American culture,
ペン氏がアメリカの文化に彼のマークを残したのは

most indelibly with “Bonnie and Clyde.”
「ボニーとクライド」によって最も消えない


Not only was the film sexually explicit
映画は性的に露骨だっただけではなかった

in ways unseen in Hollywood
ハリウッドにおいて見られなかった形において

since the imposition of the Production Code in 1934 ―
1934年におけるプロダクション・コードの強制以来

when Bonnie stroked Clyde’s gun,
ボニーがクライドの拳銃を撫でたときに

the symbolism was unmistakable ―
その象徴的な意味は間違えようもないものだった

it was violent
それはバイオレンス的だった

in ways that had never been seen before.
以前に決して見られなかった形において

Audiences gasped
オーディエンスはあえいだ

when a comic bank robbery climaxed
滑稽な銀行強盗がクライマックスしたときに

with Clyde’s shooting a bank teller in the face,
クライドの銀行出納係への顔面においての銃撃を伴って

and were stunned
そしてびっくりさせられた

when this attractive outlaw couple died in a torrent of bullets,
この魅力的なアウトローのカップルが銃弾のどしゃ降りの中で死んだときに

their bodies twitching in slow motion
スローモーションの中でぴくぴく動いている彼らの体

as their clothes turned red with blood.
彼らの衣服が血で赤く回るときに


【 英語ってどんな海? 】

というわけで今回は、1970年代の「アメリカン・ニューシネマ」の開幕を告げたと言われる傑作を撮った映画監督の訃報を。

■ turn

「turn 88」は「88歳になる」。最後のパラグラフには「turn red」というのも出てきて「赤く変わる」。「turn」は単に「回る」ではなくて、もっと広く変化を伴った動きを表すようです。

Lack of refrigeration turned the milk.
(冷却不足でミルクが腐った)

映画を表す英語はいろいろありますね。記事で使われているのが「motion picture」と「film」。他にも「movie」「cinema」、俗語で「flick」など。「映画に行く」と言う場合、なぜか「go to the movies」と複数形になったりします。

第2パラグラフです。「watershed」は「分水嶺、分水界」。転じて、「ターニングポイント」。物事がどちらに転ぶかが決まる大事な局面。でも、何の説明もなくいきなり「分水嶺」ですから、困ります。

「telegenic」は「photogenic」(写真写りが良い)から連想できると思いますが、「テレビ映りの良い、テレビ放送に適した」。

■ 強調構文

第3パラグラフの文章はいわゆる強調構文です。「It was」と「that」の間の語句が強調されています。

「indelible」は「(インクなどが)消えない、(汚点・印象などが)忘れられない」。記事で使われているのはその副詞形です。「delete」が「消す」で、「in-」は否定の意の接頭辞。でも、「delible」は辞書に載っていなかったりします。

その次のパラグラフでも、強調のために倒置という手が使われています。「Not only」が文頭に来て、「was」はそれに引きずられます。主語は「the film」です。おなじみの「not only… but(also)」構文ですが、後ろの「but also」は省略されていると考えていいようです。

「explicit」は「(話などが)はっきりした、明白な、(表現などが)露骨な」。その反対が「implicit」(暗黙の、間接的な)。共によく使われる単語です。

この「Production Code」は通称「Hays Code」(ヘイズ・コード)、映画のエッチや暴力を取り締まった自主検閲制度です。

「torrent」は「急流、奔流、どしゃ降り」。「twitch」は「ぴくぴく動く、ひきつる、痙攣する、ぐいと引く」。この映画の圧巻のラストシーンを説明しています。見たことがない人にはネタバレになってしまいましたが、それでも見ると読むとでは大違いのはず。それくらいインパクトのある映画です。


俺たちに明日はない(DVD)


【 日本の陸に上がってみると 】

『俺たちに明日はない』のアーサー・ペン監督、死去
( New York Times )

舞台やテレビや映画を監督し、1967年の映画『俺たちに明日はない』における画期的な性と暴力描写で米映画産業界に変革をもたらしたアーサー・ペンが火曜日の夜、マンハッタンの自宅で死去した。88歳になった翌日のことだった。

ペン氏の演出は米国史をも変えたのかもしれない。氏は1960年、勝つか負けるかの分かれ目にあったジョン・F・ケネディ上院議員がリチャード・M・ニクソンとのテレビ討論に臨むに当たって助言した(そして、3回目の討論の放送を監督した)。ペン氏のケネディへの指示はまっすぐにカメラを見て、短く簡潔に答え続けよというもので、それによってケネディには自信と落ち着きというオーラが漂い、経験は豊かだったがテレビ映りの悪い共和党のライバル・ニクソンとの対照が際立った。

だが、何よりも映画監督として、ペン氏は米文化に足跡を残した。『俺たちに明日はない』は不朽だ。

その露骨な性描写は、1934年に映画制作倫理規定が課せられてからのハリウッドではお目にかかれないタイプのものだった。例えば、ボニーがクライドの拳銃を撫でる場面の象徴性は見紛えようのないものだった。そればかりではない。その暴力描写もそれまでに決して見られないものだった。観客が息を呑んだのは、喜劇的な銀行強盗が一転、クライドが銀行員の顔面を撃ち抜く山場に変わったときだった。そして唖然としたのは、この魅力的な無法者の男女が銃弾の雨を浴びて死んだときだった。スローモーションで撮られた二人の体は小刻みに震え続け、その衣服は鮮血で真っ赤に染まっていった。


【 もう一度、泳ごう 】

Arthur Penn, Director of ‘Bonnie and Clyde,’ Dies
( New York Times )

Arthur Penn, the stage, television and motion picture director whose
revolutionary treatment of sex and violence in the 1967 film “Bonnie and Clyde” transformed the American film industry, died on Tuesday night at his home in Manhattan, the day after he turned 88.

Mr. Penn’s direction may have also changed American history. He advised Senator John F. Kennedy during his watershed television debates with
Richard M. Nixon in 1960 (and directed the broadcast of the third
debate). Mr. Penn’s instructions to Kennedy ― to look directly into the camera and keep his responses brief and pithy ― helped give Kennedy an aura of confidence and calm that created a vivid contrast to Nixon, his more experienced but less telegenic Republican rival.

But it was as a film director that Mr. Penn left his mark on American
culture, most indelibly with “Bonnie and Clyde.”

Not only was the film sexually explicit in ways unseen in Hollywood since the imposition of the Production Code in 1934 ― when Bonnie stroked
Clyde’s gun, the symbolism was unmistakable ― it was violent in ways that had never been seen before. Audiences gasped when a comic bank
robbery climaxed with Clyde’s shooting a bank teller in the face, and were stunned when this attractive outlaw couple died in a torrent of bullets, their bodies twitching in slow motion as their clothes turned red with blood.


● 続き? 後は自力で英語の大海へ泳ぎ出そう。溺れても命は取られないからダイジョーV!
(古っ)
 ↓ ↓ ↓
http://nyti.ms/dyfKV0


● 編集後記

訃報と言えば、往年のハリウッド・スター、トニー・カーチスも先日亡くなりました。代表作は『成功の甘き香り』『手錠のままの脱獄』『お熱いのがお好き』。軽妙な味のある二枚目俳優でした。今の日本で言えば、はて誰だろう・・・。




posted by K.Andoh | Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸術
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